[スペイン語]ガルシア・マルケスの短編集を読んでみる:その② El mar del tiempo perdito

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前回からガルシア・マルケスの短編集「La increíble y triste historia de la cándida Eréndira y de su abuela desalmada」を読んでいます。

今回は2話目の「El mar del tiempo perdido(失われた時の海)」を読んでみました。
(ところどころネタバレ注意)


La increíble y triste historia de la cándida Eréndira y de su abuela desalmada

「El mar del tiempo perdido(失われた時の海)」

1961年に書かれた短編で、分量としては前回の「Un señor muy viejo con unas alas enormes(大きな翼のある、ひどく年取った男)」より約2倍多い23ページあります。

長い、というだけでココロ重くなるところですが、会話文が多いので、前回よりも読みやすかったです。
登場人物も増えてますが、複雑な関係ではないので混乱することもなかったです。

邦訳を読むと線過去、点過去、完了過去の違いがよく分かって勉強になりました。(特に線過去の「習慣」の意味あいなんか。)

この短編集の中でも、この「失われた時の海」はかなり好きな作品なんですが、ちょっととりとめのない感じですが以下感想・・・

「たった一語?!」

原文を読んでいると、「たった一語だったのか!」と驚く箇所がぽつぽつ。

<<ハーバード氏が永い眠りから覚めた場面>>

- He dormido mucho - bostezó el señor Herbert.
Siglos - dijo el viejo Jacob.
- Estoy muerto de hambre.
- Todo el mundo está así - dijo el viejo Jacob -. No tiene otro remedio que ir a la playa a desenterrar cangrejos.
(p39 原文)

「ああ、よく眠った」とハーバート氏はあくびをしながら言った。
よく休まれましたね」とヤコブ老人は相槌を打った。
「腹が減って死にそうだ」
「みんなそうですよ」と老人は言った。「浜へ行って蟹を掘ってこられたらいかがです」
(P47 「エレンディラ」ちくま文庫)

Siglo」って「世紀」とか「100年」て意味だからちょっと大げさだなって思ってたら、辞書を引くと「長い間」という意味もありました。

邦訳のヤコブ老人丁寧な物言いで従順そうな印象だけど、スペイン語で「Siglos」って相槌うってたらちょっとユーモアありそうなお爺さんな気がしてくる。

蟹を掘ってきたら?、っていうヤコブ老人のセリフも「No tener otro remedio que + 不定詞(~するよりほか仕方がない)」という成句だけど、直訳しちゃうと「浜で蟹を掘ってくるより仕方がない」って、なんか強気なジイサンになってしまう。

<<トビーアスとハーバート氏が海亀捕獲に向かう場面>>

- También lo saben los científicos - dojo el señol Herbert - . Más abajo del mar de los naufragios hay tortugas de carne exquisita. Desvístase y vámonos.
Fueron. Nadaron primero en línea recta, y luego hacia abajo, muy hondo, hasta donde se acabó la luz del sol, y luego la del mar, y las casas eran sólo visibles por su propia luz.
(p39 原文)

「科学者も知っているさ」とハーバート氏は言った。「難破船の海をさらに深く潜ると、海亀がいて、じつはうまい肉が手に入るんだ、さあ、服を脱いで、いっしょに潜ろう」
 二人は海に飛びこんだ。最初はまっすぐ沖のほうへ泳いでゆき、やがて海底へと深く潜りはじめた。太陽の光が消え、海の光も消えた。水中の事物は自ら発する光でぼんやり光っていた。(P47~48 「エレンディラ」ちくま文庫)

なんてことはない部分なんだろうけど、日本語だと「二人は海に飛びこんだ。」と主語目的語補わないとわかりづらくなるところが、スペイン語だとたった1語で「Fueron.」
なんだかいさぎよくてカッコイー、と思ってしまった部分でした。
スペイン語は動詞の活用で主語がわかるとはいえ、やっぱり一語だけって日本語では書けない(「行った。」だけなんてちょっとムリ…)ところだなあ。

他にも、ハーバート氏が村を出て行く場面では「Se fue.」だけだし。簡潔だなー、スペイン語

失われた時とは

土が固すぎて花も植えれず、人が死んでも土に埋葬できない貧しい村・・・というわけで、誰かが亡くなると海へ葬るのがこの土地の習慣。
死体が溜まっていくと・・・

<<死者たちの海・・・>>

Había tantos, que Tobías no creyó haber visto nunca tanta gente en el mundo. Flotaban inmóviles, bocarriba, a diferentes niveles, y todos tenían la expresión de los seres olvidados.
(p40 原文)

無数のしたいが漂っていた。トビーアスは今まで、こんなに大勢の人を見たことがないと思った。死体は何重にも層をなして、仰向けになったままじっとしていた。彼らの顔には忘れられた人たち特有の表情が浮かんでいた。
(P49 「エレンディラ」ちくま文庫)

まさに「失われた時の海」の場面。想像するだけでも圧倒されますが、海の底に多くの眠れる魂があって、何年もかけて上の階層にいって成仏(?って仏教じゃないけど)するというイメージか。

海の底に村があって人が暮らしていたり、死んだ人がその成仏(って仏教じゃないけど)の具合によって異なる階層に漂う、という死生観って面白いけど、どこかでそんな話聴いたことがある。気もする。なんだか普遍的な感覚なのかもしれません。

しかし、海亀も出てくるけど竜宮城ではなくて海底でずっと寝てる&物語の最後に食べられてしまうってのは日本とは大違いですが。

ちなみに「bocarriba」って手持ちの辞書には載ってないですが、「boca(口)」と「arriba(上に)」が合体した単語(造語?)なのか?邦訳も「仰向けに」って訳してあるのでそう考えていいのかな・・・

気になる登場人物

色々登場人物出てくる(といっても多くはないが)けど、最後に気になる人たちを。

ハーバート氏

物語のキーマン、ハーバート氏。「アメリカ人」だけど原文ではamericanoではなくて「gringo」となっています。

gringo(m.n.)
①外国人、よそ者
②(ラ米) 1.(軽蔑)(親愛)米国人、英米人

(by西和中辞典)

「よそ者」がやってきて閉鎖的な村に何か(善とか悪とか関係なく)をもたらす構図って、いろんな昔話でよくあるパターンですね。
何かわからないけど不思議な事に妙に詳しく、そして、いきなり姿を消していく、ナゾの人。

ドン・マクシム・ゴメス

ヤコブ老人のチェッカー仲間で、3度の内戦を生き延びた、多分この人もお爺さん。

この作品が書かれたのが1961年らしいので、1961年ごろに老人という仮定だと、この人、千日戦争(1899~1902)に関わってたのかなと想像してみたり。(千日戦争時に20歳だと1961年に82歳くらいか)

3度の内戦がどれを指すかはよく分からないけど、1961年までにも色々内戦とか反乱とかたくさんありすぎて、とにかくすんごい時代を生き抜いてきたんだろうことは想像できる。

El viejo Jacob no podía imaginar un adversario más humano que un hombre que había sobrevivido intacto a dos guerras civiles y sólo había dejado un ojo en la tercera.
(p24 本文)

まとめ

思いつくままあまり整理できずに印象に残った部分をメモした感じになりましたが、この「失われた時の海」の海の部分は本当に印象深くて、未熟なスペイン語力ですが(邦訳にかなり頼りつつ)読んでみると不思議なイメージが広がって忘れられない作品でした。

[スペイン語]はじめての本格原書体験~ガルシア・マルケスの短編集を読んでみる:その① Un señor muy viejo con unas alas enormes.

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